「世界一甘い桃」をつくる男は、桃と農業の未来を拓く

よみもの
福島市で5代続く農家の古山浩司さんは、高糖度の桃をつくるプロフェッショナル。「とろもも」ブランドを自身で展開し、中にはギネス記録を超える糖度のものも。「世界一甘い桃」の秘密とストーリーを探ります。

■まずは農場見学

-現在は何品種作られていますか?

今うちでは23種だね。この時期(9月中旬)だと、西王母(せいおうぼ)とさくら白桃の2種類がちょうど収穫期かな。

-どれも美味しそうに見えるんですが、収穫する時から甘い桃を見分ける方法はありますか?

まず、手触りで身の張り具合から美味しいかどうかは分かるね。それに、普通は綺麗に赤い桃が美味しそうに見えるんだけど、実は逆で、白い模様が入っている方が甘い桃なんだよ。こっちの赤い方は18度で、より白いのは20度行ってるんじゃないかな。(編集注※そもそも市販の桃は9~12度くらいです)

-18度に20度…のっけから物凄い数値が出ますね。

それに、たまたま気付いたんだけど、さくら白桃の袋がけを取らないでおいたら、同じ樹の他の実と比べて、2度くらい糖度が高かったんだよね。そこから今年はわざと白く作って、「白さくら」って名前で売り出そうかなって。

 
(上が通常のさくら白桃、下が白さくら)

測定の結果は、西王母の糖度もピッタリ、さくら白桃も見事に2度違いました。

 

■1個5万円。価値のあるものに、価値がつくように。

-古山さんの桃は、都内百貨店でも高値で売られていますよね。

糖度保証付きのものは1個単位で売っていて、20度以上は1個5万円の値段をつけてるよ。

 

-1個5万円!!!! ここにある1箱が物凄い金額に見えてきます。

全部の桃にそんなに高い値段を付けている訳ではないけどね。この桃は全部糖度を測って20度以上を保証しているから、全部で60万円分になるかな。価値のあるものに、ちゃんと値段という価値がついて模範にならないと、桃農家さん自体の収入が上がっていかないからね。

 

-見ているのは桃業界自体の地位向上という訳ですね。桃そのものの差別化以外にも、ピンクの衣装や、桃ネイルなど、徹底したブランディング意識を感じます。

桃ネイルは、いろんな人と名刺交換する中で、名刺を読んでもらう前に一発で桃農家と分かるように始めたんだよね。ネイルを始めてから、手のケアにめちゃめちゃ気を使うようになって。農家の手って、土だらけだったり、ゴツゴツしてるイメージだと思うんだけど、農家自身が意識を変えれば、そのイメージも変えることができるし、当たり前は変えられるんだよね。色んな農家さんが、そんな意識を持てるようになったらいいな。

ひとつひとつのお話のインパクトが物凄い古山さん。農場から戻って、農家になるまでの人生と、世界一甘い桃をつくるまでのストーリーを伺いました。

■自分の人生を自分で決める

-農業に携わろうと思ったのは、いつからですか?

家自体は明治からずっとここ(福島市鎌田)で農業をやっていたみたい。自分は次男だから、農家を継ぐ意識は一切なくて、やりたいことをやるが信条と思って生きてきたんだよね。親も自由に育ててくれたし、大学には行かないだろうとまで思っていたみたい。家の周りは全部が農地だったから、当然遊び場も農地になるよね。サッカーの練習も虫取りも川遊びも…。農業が当たり前の環境で育ったから、逆に意識することもなかったかな。

 

学生の頃は教員になりたくて、大学は教育学部に入って中学校の技術と工業高校の教員免許を取ったの。だけど、受けた高校の採用試験募集に、若干名って書いてあるから、問い合わせしたらたったの2名で、倍率が100倍もあった上に、厳密には自分の専門領域の募集じゃなかったから通らなかった。バイトで先生をやるか、企業も受けるか…と悩んで、まず企業も受けてみたんだよね。

 

で、どうせ受けるなら好きなことを仕事にしたくて、釣りが趣味だったから大手の釣り具メーカーに行こうと説明会に行ったんだけど。最後の質問コーナーのところで、周りの発言のレベルが高すぎて、これは向かないなーと思ってやめちゃった。結局、地元の機械メーカーに就職したんだ。

 

大手の系列だったから給与はよかったけど、昔ながらの体制というか、縦割りの風土というか… なかなかチャレンジができない環境で、成果を挙げられるようになるにはまず生き残るのが第一、みたいな文化だった。その点にはずっと違和感を持っていて、色んな所で喧嘩するから、そのうち役員にも目をつけられたりしてね。働きながら、「定年までこの会社にいて、楽しい人生と言えるのか?」と思い始めたタイミングで、東京転勤の話がきたの。もうその頃には家族もいたから、断って自分の人生を見直そうって辞めたんだよね。

 

次に何しようって再就職先を探してみるんだけど、目に留まるのは同じ業種の募集ばっかりで。「ずっとこんな感じの人生を歩んでいくんだろうか…」 って疑問がつきまとっていたんだよね。悩んでいるうちに、自分で意思決定をして、その成果が自分に返ってくる、農家が答えじゃないか?と思うようになった。

 

世界で一番価値がない生産地域から、世界一価値があるものを。

―農業を始めてから、現在の「世界一甘い桃」づくりを始めるにはどんな経緯があったのでしょうか。

農業やろうと思い立ったものの、兄(長男)は小学校の教員になっていて、親は誰も農園を継がないと思っていたから、今ある木を切って、農場の「終活」を始めちゃっていた。勿体無いなとも思ったけど、これを機に一からやるのもありだろう、と思って農業を始めたタイミングで震災が起こったんだよね。

(就農当時から2017年まで使っていた自作のHP)

 

それまでは大して意識もしていなかったんだけど、「どうせやるなら、これまでの人生を(農家で)越えよう、サラリーマン時代の収入も上回ってやろう!」って覚悟が決まった。でも、震災で桃は全くと言っていいほど売れない訳で。「どう風評を打破するか?」「どうやって目を向けてもらおうか?」と考える中で、世界で一番価値がない生産地域になってしまったのであれば、世界一価値があるものを生み出さなければ。っていう答えにたどり着いたんだ。

農業で、果樹で世界一と言えることって何だろう、と考えた時に、ギネス記録が浮かんで。桃で世界一を検索したら糖度のギネス記録をたまたま発見して、しかも、日本の農家が記録を持っていることが分かった。前職のルールで、年に2件、自分の開発の特許申請を必ずしなきゃいけなかったので、データベースを引ける力があったんだよね。すぐにギネスレコードの事務局に電話して、保有者が誰かも分かって、Facebookでコンタクトした。電話で福島の現状を伝えて、あなたの記録を越えたいと率直に伝えたら、「桃の価値を上げたくて挑戦してとったものだから、ぜひ頑張ろう。」って言ってくれて。どんな資材を使っているか、とか教えてくれた。

果物を甘くするにはどうしたらいいか、という人生で初めての問いに対して、自分はこれまで学校で果樹の勉強とか、農業の訓練みたいなものに一切足を踏み入れたことがなかったから、またインターネットに頼った。調べると、Yahoo!知恵袋で誰かが同じような質問をしていて、どこかの農業指導員のアンサーがあった。「植物の成長作用と、生殖作用のバランスが整った時に甘くなる。」っていうヒントがあったので、まずはそこを目指した。糖度世界一を目指すには、甘さを数字で測れなきゃ意味がないので、まずはハンディタイプの20万円くらいの糖度計を買って。試しに測ってみると、1個の桃でも場所によって糖度が違うことが分かったりしてね。

次は周りの地域の桃づくりの仕方や農場を見せてもらったら、自分の家ではステビア入りの肥料を使っていることに気づいた。何か効果があるのかな、とまた調べてみると、みかんが甘くなるっていう情報を発見して。桃にも効果があるか確かめたいんだけど、通常の肥料では含有量が分からないから、直接買える所を調べて、堆肥屋さんに送ってオリジナル堆肥を作って撒いてみたら、途端に糖度が上がったんだよね。ステビア自体がとても甘い植物なんだけど、糖分がそのまま果実に行く訳もないから、土中の微生物の餌として優れているんじゃないかと思う。小さい頃から、自分の家の桃は美味しいなと思っていたから、親も元々、いい土作りをしていたことに気づいたよね。

ステビアの葉っぱはこんな感じらしい

 

ステビアの次に出会ったのは、トウモロコシの芯の炭化材。当時は土壌のセシウムとかが問題になっていたんだけど、炭はβ波を出すので、セシウムを吸着する効果があって、知り合いからその材の試験圃場を探しているって紹介されたの。当時は怪しい通販サイトの掲載営業とか詐欺みたいな話にも引っかかりながらいろんな手を打ってたから、半信半疑で試してみたら、数値(糖度)が実際に上がって。これは本物だなと思ったよ。その会社とは、今でもディスカッションしながら土作りについて意見交換してるよ。

他にもね、四万十に、栗の匠と呼ばれる栗農家さんがいるんだけど、慣行栽培でも製品率50%が相場のところ、無農薬で80%っていう達人で、その人の事を知って、どうしても会ってみたくて会いに行った。知識量と、実績と、ビジョンがとにかく物凄くて、初めて会った見学者にも、栗の作り方を一から教えてくれて。自分は桃農家で栗は作ってないけど、そこで学んだのはミネラルの大切さだね。

植物はミネラルを欲していて、匠は漁師さんからにがりを譲ってもらって、ベストな濃度に調整して撒いていたんだよね。植物って、根っこからの養分吸収と、葉からの養分吸収があるけど、ここまで土壌の改良とか、根っこからの養分しか考えてこなかったから、葉面散布をまた一から勉強して、桃にとってベストな撒き方を手探りで実験していった。にがりだけじゃなくて、帰ってすぐに、ミネラルのことを調べて、植物が欲しているものは何か…? と考えているうちにウニがよさそう、ってことに気づいて。 三陸の漁師さんにコンタクトして、すぐに現地に行ってウニ殻貰いに行った。譲ってくれた漁師さんと話したら、周りの農家でも効果があるっていう証言があって、使う前から効果をほぼ確信したね。

-知識ゼロからのスタートでありつつも、調査と実践の仕方がとても論理的ですよね。異なる専門の方とも積極的に繋がって、全てが桃づくりに繋がっていることも興味深いです。

エンジニアだから、偶然が嫌いなのよ。偶然できちゃったは、継続性がないじゃん。それに、人の話を聞かせてもらうって、普通の人が思っている以上に物凄い価値があると思っていて、その意識は大事にしたいよね。

 

■世界一の先に目指すもの

-糖度世界一を達成した次の目標は、どこを目指されているのでしょうか。

桃づくり自体もまだ実験段階で、ゆくゆくは糖度40度の桃を作りたいな。(編集注※2019年シーズンは35度まで到達!)。学術機関とタッグを組んで、桃の糖度が上がる仕組みの研究や、栄養成分のコントロールをできないか?なんていう夢もあるね。桃の甘さは、糖尿病の人でも体に影響を与えない、と言われていたり、他の野菜・果物と違って体を冷やさないとも言われたりしているから、健康分野と絡んでいくこともできるんじゃないかな。

桃の可能性を開きたいと思って。桃のためならどこにでも飛んでいくつもりでいるよ。

古山果樹園 代表 古山浩司(ふるやま・こうじ)
福島市鎌田で桃と林檎を育てる果樹農家。果実のひと玉ひと玉すべてにしっかりと自分の手で触れ、愛情を込めて育てているため、あえて規模を拡大せず、小規模家族経営によって果樹園を運営している。
〒960-0102 福島県福島市鎌田字鶴田26
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