haccoba・佐藤太亮さんが描く、クラフトサケの現在地とこれから
福島県浜通り。
2011年の東日本大震災で被災したこのエリアで、新たに芽吹いている酒文化がある。
その中心人物の一人が「haccoba-Craft Sake Brewery-」(ハッコウバ クラフトサケブルワリー)を率いる佐藤太亮さんだ。
クラフトサケ※とは、日本酒をルーツにしながらも、米・麹・水という枠にとらわれず、ハーブや果実など多様な副原料を用いて醸される新しい酒のジャンル。
しかしhaccobaの挑戦は、単に「新しいジャンルのお酒」をつくることに留まらない。
※クラフトサケブリュワリー協会の定義に基づく。
haccobaとは何か?──「ジャンルをつくる酒造り」

ー 様々なメディアですでに数多く語られていると思いますが、まず改めて、haccobとはどんな酒蔵なのでしょうか。
佐藤太亮さん(以下: 太亮さん)
haccobaは、いわゆる皆さんがイメージするような伝統的な日本酒蔵とは少し違って、“クラフトサケ“というジャンルのお酒を造っています。
クラフトサケは簡単にいうと日本酒の製法をベースにしつつ、そこに別の素材や思想を重ねるお酒で、日本の昔ながらの庶民の酒造りがその源流になっています。どぶろくなんかもクラフトサケの一種といえますね。今の一般的な日本酒よりも製法としては昔からあるものなんですよ。
クラフトサケの製法などは元々あったものなのですが、最初から完成されたジャンルがあったわけではありませんでした。Wakazeさんという酒蔵が「ボタニカルサケ」という形でパイオニア的にスタートされて。それに続く形で2017〜18年頃、haccoba含めて国内で同時期に3軒ほどが立ち上がりました。
お互い顔見知りだったこともあり、「これは一社ずつやるより、ジャンルとして束になった方がいい」と考え、協会構想や情報発信を一緒に始め“クラフトサケ”という新たなジャンルを立ち上げたんです。
なぜ“日本酒”ではなく“クラフトサケ”だったのか
ー そもそも太亮さんが日本酒ではなく、クラフトサケという選択に至った理由は?
太亮さん
日本酒はずっと好きでしたし、造られている方々も尊敬しています。
でも、いざ自分がつくる側になると、今の日本酒の世界はあまりにも完成度が高い。美味しい日本酒がもう世の中にたくさんあるんです。笑
美味しい酒蔵が無数にある中で、同じ土俵にもう一本自分が作ったお酒を並べる意味があまりない気がしたんです。
これはビジネスの話とも繋がる部分なんですが、起業するなら、まだ誰も挑戦していないことに挑みたいと誰しもが思うと思うんです。
クラフトサケは、日本酒に一番近い位置にありながら、まったく違う景色を見られる可能性がある。
起業にしても、酒造りにしても、新しい味わいとか新しいお客さんに届くようなお酒を造る方が面白い。新しい「点」を打ちたいと思いました。
2020年創業、5年目の現在地

ー 創業から約5年。今のhaccobaをどう捉えていますか。
太亮さん
かなり生き急いできた感覚はあります。笑
文化産業は本来、時間をかけて育つものだと分かってはいるんですが、自分たちが頑張ってどうにかなる部分は、できるだけスピードを上げてきました。
ただ、新しいジャンルのお酒を“日常の選択肢”として根付かせるのは、本当に時間がかかる。
目指している理想像と比べると、まだ全然追いついていない感覚もあります。
それは酒の認知だけでなく、地域との関係性や価値づくりという意味でも同じです。
ー 日常の選択肢としてのクラフトサケの理想像はどこにありますか。
太亮さん
近いイメージは、ハイボールですかね。
ハイボールも、もともと自然発生的に広がったものではなく、圧倒的な努力とマーケティングで「当たり前の選択肢」になった。アメリカのバーなんかでも「ハイボール」というメニューがあるくらい一つのジャンルとして認知されている。
クラフトサケも、日本酒・ビール・ワインと並んで、「今日はクラフトサケにしようか」と、特別な文脈なく選ばれる存在になりたい。
そこを目標にしています。
「ブレるべきだ」と思うhaccobaの哲学

ー 5年間で、変わったもの/変わらなかったものは何でしょう。
太亮さん
正直、僕は「経営者はブレるべき」だと思っています。
僕が酒蔵を構えるこのエリアのこともそうですが、世の中も、地域の状況も、チームも変わる。その中で、やるべきことが変わらない方が不自然です。
haccobaとしてはこの約5年でレシピでいうと100くらいのお酒を作ってきました。美味しいのは大前提なのですが、それぞれのお酒がチャレンジングな一期一会のお酒なんです。
いろんな分野で、情報を集めれば一定以上のクオリティが出せるのは誰でもわかるような時代になっている中で、自分たちのお酒としてオリジナリティや想いをこめたい。お客さんにそのオリジナリティを楽しんでほしいし、何より自分たちが面白いと思えるお酒を造りたい。
そういう意味でど真ん中のお決まりではない、「ブレたもの」でいかに魂を震わせられるようなものが造れるかだと思っています。
ただ一つだけ、変えないと決めているのは、立ち上げ当初から支えてくれた地域の人たちとの関係性。
浪江や小高で受け入れてもらって、今のhaccobaがある。私たちだけでなく、地域の方々と一緒にhaccobaを立ち上げたという感覚があります。その感覚だけは絶対に手放さないですね。
酒とカルチャーの接続点

ー やるべきことの変化のお話がありましたが、haccobaは酒造りと同時に、カルチャーをつくっている印象があります。
太亮さん
僕は「美味しい液体としてのお酒をつくりたい」という気持ちもありますが、それ以上に、お酒が存在する“時間”や“空間”が好きなんだと思います。神事とか、お祭りなんかもそうです。そういった意味で「お酒を飲む体験全体」を作りたいと思っています。
ー象徴的な取り組みとして、フェス 「yoiyoi」 の主催などもその一環ですか?
太亮さん
そうですね。「yoiyoi」という、音楽ライブやフード、アートが混ざり合い、それを繋ぐ存在としてクラフトサケがあるようなイベントをここ2年主催しているのですが、「特別なお酒を飲む会」ではなく、「酒が自然に存在する場」をつくることを目的にしています。
ほかにも小高の駅の中に我々のお酒だけでなく、様々な商品をセレクトした「haccoba 小高駅舎醸造所&PUBLIC MARKET」なんかも場づくりの一つですね。
このあたりは今のチームメンバーがいなかったら、このような形にはなっていなかったと思います。
メンバーそれぞれの興味や人生観が、haccobaのあり方を引っ張っている。
だからhaccobaは、チームが変われば、自然と姿も変わっていくんです。
海外展開は「ロマン」と「ローカライズ」
ー ベルギーでの酒造り構想も進んでいると聞いています。
太亮さん
世界に出たい、というより「この場所で酒をつくりたい」というロマンが先です。
元々ベルギービールが好きで、ベルギービールの製法と日本酒を掛け合わせたら、絶対に面白いお酒になると思った。そういう意味では、もちろん言葉や文化の違いはあるけれど、海外というより日本の他の地方とかの延長線上に近い感覚です。
ベルギービールの話で行くと、その土地の製法で造ることが結果的に、海外で受け入れられやすい形にもなると考えています。
現地の人にとっては特殊な“クラフトサケ”ではなく、「米でつくったベルギービール」として、自国文化の延長で理解できる。
異国の謎の酒ではなく、身近な文脈で解釈できることが日常の中に入り込む上で重要なんです。
「地酒」を再定義する酒造り

ーhaccobaさんは 原料やフィールドへのこだわりも特徴的ですよね。
太亮さん
日本酒は、田んぼの土を表現する酒だと思っています。
でも僕らは、田んぼだけでなく、森や山の土、地域の風景そのものを表現したい。
例えば僕たちのお酒で「zairai[forest]」というお酒があるんですが、地元の山に入り、植物を採取し、地元の米と合わせる。そうすることで、地域丸ごとを閉じ込めた“新しい地酒”を作ることをコンセプトにしたんです。
これは、これからの酒造りの一つの形で、僕としては結構「革命的」だと思っています。笑
造ることの楽しさを、もう一度

ー 最後に、これからhaccobaと出会う人や新たな仲間へにメッセージがあればお願いします。
太亮さん
お酒を飲むのが楽しいのは、誰もが知っている。
でも実は「お酒を造る行為そのものが、こんなに面白い」ということは、忘れられている気がします。
本当は発酵って、もっと身近で、創造的で、楽しいものなんです。
私たち自身が楽しんで造っているhaccobaのお酒を通して、その楽しさを擬似的にでも一緒に味わってもらえたらと思います。
クラフトサケという未踏のジャンルを、浜通りから世界へ。
haccobaの酒造りは、単なる商品開発ではなく、「文化を編み直す」試みそのものだ。酒を軸に、人が集い、時間を共有し、文化が生まれる“場”そのものをつくる試みはこれからも続いていく。
(取材・文:小波津龍平)

