12月初旬のある日。霧がかかって太陽の日差しが届かない会津らしい寒空の下、会津坂下町に向かった。彩度の低い田畑の景色の中に、柿のオレンジ色が映える風景を抜けていくと、作業場が見えてくる。
佐藤裕司さんの営む「しろべこ農園」では、きゅうりとみしらず柿を栽培している。ちょうどみしらず柿のシーズンで、出荷作業をしているということだったので、見学しながら取材させていただくことに。

佐藤さんは会津坂下町の出身。進学をきっかけに福島を出たが、2021年に福島にUターンで戻ってきた。東京時代は、銀座の一流フレンチレストランでソムリエとして働いていたという佐藤さん。ワインのソムリエの他に日本酒のソムリエの資格も持ち、食にも酒にも明るい。きゅうりとみしらず柿の栽培を行う農業がメインの仕事だが、農業が閑散期の冬場は、同町の日本酒蔵「豊国酒造」で蔵人としても働くという多彩な顔をもつ若手農家である。
銀座のソムリエから、会津の農家に
そんな佐藤さんがUターンで地元に戻り、農業を始めたきっかけはなんだったのだろうか。
佐藤さん:「飲食店でソムリエとして働いていると、自分がお客様に提供するものは全部誰かが作ったもので、自分はそれを提供するだけ。その中でお客さんに対して食材についてなどを説明しなくちゃいけなかった。それはそれで楽しいけど、でもどこか熱がこもらないというか。提供したものを美味しいって言われて、嬉しいけど、でもどこかで「自分が作ったものではない」という感覚があって。せっかくなら自分が作ったものをお客様に届ける仕事をやりたいなという思いがありました。
祖父がずっとみしらず柿を栽培していたのもあって、農業はわりと身近な存在でした。地元にもいつか帰りたいと思っていたし、じゃあそれなら地元に戻って農家になろうかって思ったんですね。」
ソムリエとしてお客様に接するうちに、自分の中に生まれていた小さな違和感。地元にいつかは帰ろうと思っていたこと。祖父が栽培していたみしらず柿の木が残っていること…。
いくつかのきっかけが重なって、佐藤さんは地元に戻って農業を始めることを決めた。もともとソムリエとして働き、飲食の世界にいた佐藤さんが、食の源流である農業に行き着くのは自然なことだったのかもしれない。
みしらず柿の畑は祖父から受け継いでいるものの、知識も経験もゼロからの“新規就農”という形で農業をスタート。約1年の研修期間を経て、2022年に独立した。「しろべこ農園」として会津坂下町で農業を営んでいる。
あかべこではなく「しろべこ」?

佐藤さんの農園の屋号は「しろべこ農園」だ。「しろべこ」の「べこ」は会津で牛を意味する「べこ」なのだと、そのロゴマークからも、容易に想像はつくが、どうして“あか”ではなく“しろ”べこなのだろうか?
佐藤さん:「しろべこ農園の由来としては、まず会津に「赤べこ」っていうのがありまして。赤べこは、その昔、大災害のときに赤毛の牛が会津の人たちを助けたっていう言い伝えがあるんですね。」
会津の人々は、大災害のときに一生懸命手伝い助けてくれたという赤毛の牛に感謝を表し、「赤べこ」として大切にしてきたそうだ。それから「赤べこ」は忍耐と力強さの象徴、さらには福を運んでくれるものとして、広く親しまれるようになったと言われている。
佐藤さん:「そんな赤べこをモチーフにしつつ、赤じゃなくて白なのは、自分はまだ赤べこほどの力はなくて、始めたばかりの真っ白な存在だからです。これから力をつけて、白色に自分の色をつけていきたい。そして地元である会津を、農業を通して盛り上げていきたいし、赤べこのように会津の人々から親しまれるような存在になりたい。そんな気持ちを込めています。」
新規就農してから5年目を迎えた「しろべこ農園」。農業は1年でやっと1サイクルだということもあり、「やっと5年だけど、まだ5年という感じ」だと佐藤さんは言う。
佐藤さん:「課題はまだ山のようにあるけれど、試行錯誤しながら少しずつ前進しています。」
佐藤さんにとっての“こだわり“
「農家としてのこだわりは何ですか?」という農家さんへのありきたりな質問を私がインタビューする前に、「農家としてのこだわりとか取材されるたびに聞かれるけど、難しいなと思っていて…」と話し始めた佐藤さん。
佐藤さん:「こだわりとかそういうものがあればもちろんいいけど、まずは基礎をしっかりとやらないと、新しいことや変わったことはできないと思っています。だから今はまず基本を習得しないといけないなって。」
一緒に作業していたアルバイトのOさんに、佐藤さんの印象を聞いてみると、「真剣だなと。農家に対して農業に対して。真面目に本当に力を注いでいるなと感じています。」と返ってきた。それに対して、「本業なんだから当たり前ですよ。」と笑う佐藤さん。
このやりとりに、農業に真面目にまっすぐに向き合い、当たり前のことを当たり前に丁寧にやる佐藤さんの人柄が滲み出ていて、もうそれは十分にしろべこ農園の個性であり「こだわり」なのではないかと強く思った。
ハーブのような香りがするきゅうり?その名も「ハーバルきゅうり」
佐藤さんは元々飲食の世界にいたということもあって「味」と「おいしさ」に敏感な農家なのだと思う。
なぜそう思ったかというと、たとえば、しろべこ農園のきゅうりはただのきゅうりではなく「ハーバルきゅうり」だという点だ。これは「香りが良く、ハーブのような爽やかな風味を感じられるから。」ということで佐藤さんが命名したオリジナルな商品名だ。きゅうりはきゅうりの味じゃないの?とうかもしれないが、たしかに言われてみると、しろべこ農園のきゅうりは一段と爽やかな香りがするのである。

「きゅうりに違いを求める人はそんなにいないからニッチな需要ではある」と言いつつも、産直サイトでは「ハーバルきゅうりが美味しい」と毎年楽しみにしているリピーターがいるほどだ。きゅうりの風味の違いはたしかに些細な違いなのかもしれない。でも、伝わる人にはしっかりと伝わっている。伝え方にも佐藤さんのこだわりを大いに感じた。
みしらず柿、今シーズンは思いもよらず大盛況!?
しろべこ農園では、みしらず柿も栽培している。樹齢100年を超える木もある畑を祖父から受け継ぎ、栽培を始めたが、最近では町内の柿農家を辞めていく人たちから「うちの木も継いでほしい」と相談があったりして、毎年少しずつその規模は増えているそうだ。

みしらず柿は渋柿であるため、収穫後に渋を抜く処理をして、甘くしてから出荷する必要がある。しろべこ農園では、この渋抜きを焼酎を使う昔ながらの方法で行なっているという。手間はかかるが、他の方法よりも甘味が増すそうだ。
そんな「みしらず柿」、今シーズンはとくに大盛況だったとか。全国放送のテレビで取り上げられてから、例年よりも多くの注文が日本各地から来ていたのだ。取材に伺ったときは、ちょうど出荷の真っ只中。
ひとつひとつ手にとって傷や汚れ、熟し具合をチェックし、布できれいに拭いて、袋に梱包する。当たり前かもしれないが、畑で採れたものが、こうして手作業で丁寧に整えられて、お客様に届く状態になるのだと、背筋が伸びる思いがした。

大きくハリがあってつやつやとした実は、柿の王様かと思うほど立派な風貌だった。遠くは沖縄からも注文があったそうで、沖縄の人が会津のみしらず柿を食べているところを想像して、なんだか嬉しくなったのは私だけではないはずだ。
自分でつくったものをお客様に届けるということ
「自分で作ったものをお客様に届けたい」という思いもあって始めたという農業。農業をここまでやってきて、実際に「自分で作ったものをお客様に届ける」ことについて、どのように思っているのかを聞いてみた。
佐藤さん: 「楽しさはもちろんあるし、一方でやっぱり怖さもすごくあります。食べた方からどう思われるか、とか。楽しさもあるけど、責任もあって、緊張感があるなというのは日々すごく感じていることです。」
やりがいがあって楽しいという返事が返ってくるかと思いきや、楽しさよりも怖さがあるということだった。飲食業界の最前線でソムリエという仕事をしていた佐藤さんだからこそ、食べた方からどう思われるかということに人一倍気を遣っているのかもしれない。
「真面目に、謙虚に、丁寧に」という言葉がしっくりくる印象の佐藤さん。お客さんが「本当においしい」と感じるものを、きっとこれからも丁寧にコツコツとつくっていくのだろう。
しろべこ農園の、真っ白な「べこ」がだんだんと自分の色を持ち、どんな色になっていくのかが、これからますます楽しみである。
<しろべこ農園instagram> https://www.instagram.com/shirobeko_noen/
<しろべこ農園ポケットマルシェページ> https://poke-m.com/producers/570036
(インタビュー・文・写真:岡田菜緒、※写真は一部、しろべこ農園提供)

