「ツツジ園の若当主が挑む、ツツジの酒と“1度”の変化」Ichido株式会社 代表取締役 渡邉優翔さん

よみもの生き方

福島県浜通り、富岡町。
夜ノ森の桜並木や、春になると町のあちこちを彩ってきたツツジの風景。その記憶を、というかたちで未来につなごうとしている若い造り手がいる。
ichido(イチド)株式会社代表、渡邉優翔さんだ。

ichidoの酒造りは、感情や理想だけで走るものではない。
町の風景、産業の現実、事業としての持続性。その全部を見渡しながら、ほんの1度ずつ角度を変えるように進められてきた。


ichidoとは何か?──「ルーツであるツツジから始まった関わり」

渡邉さんは福島県須賀川市にある「大桑原(おおかんばら)つつじ園」 の26代目当主でもある。

渡邉優翔さん(以下:渡邉さん)
「最初は、正直“お酒を造ろう”っていう感じでもなかったんですよ。富岡って、夜ノ森の桜とかも含め花がすごく多い町でその中にツツジもあった。もともと町の人たちがお花を大切にして育てるような文化があったんです。でも震災後に町を歩くと、“あ、この風景、もう戻らないかもしれないな”って思う瞬間があって。

それで僕の実家がつつじ園を営んでいることもあって“何かできないかな”って、コロナ禍くらいの時から考えるようになったんです。

当時は東京の農業大学に在学中で、富岡に住んでいたわけでも、酒造りの経験があったわけでもありませんでした。でも、花の価値を上げるような活動をしていきたいという想いはずっとあり、在学中に起業を考えるようになりました。

ただ、起業するなら最初から富岡だ、って決めていたわけではなくて、そこはいろんな町の人との出会いやタイミングもありました。実は他の市町村での企業も検討していたんですが、富岡の人たちが一番好意的に受け入れてくれた。お話を聞いていた富岡町役場の方からポジティブな姿勢を感じたことが、富岡町を選んだ理由の一つになっています。2019年くらいから頭の中には構想があって、2021年に“じゃあ本気でやろうか”って動き出した感じですね。」


なぜ「花」ではなく「酒」だったのか──賞味期限と単価の現実

渡邉さん
「これ、めちゃくちゃ現実的な理由なんです。笑

花って、とにかく足が早いんですよね。生花として売ると単価も低いし、廃棄ロスも出る。野菜とかと違って食べられるわけでもないから、活用する方法が少ないんです。地域産業として考えたとき、正直かなり厳しいなと思っていました。

その点、お酒は20歳以上って制限はあるけど、一定の需要があって、ちゃんと価値を理解してくれる人がいる。さらに言うと、“時間が価値になる”商品なんですよ。時間が価値になる例として、わかりやすいのが、盆栽やウイスキーとかですね。

花も盆栽にすると、何年、何十年って育てることで価値が出る。ウイスキーも熟成で価値が上がる。
“ツツジを切り花で売る”より、“ツツジの時間を閉じ込めた酒を造る”方が、長く続けられるなって思ったんですよね。

あとは僕自身東京農業大学に通っていて、花から採った酵母でお酒が作れることを知って、興味を持ったということもありました。」


ツツジの花酵母という実験的スタート

蒸留したツツジ酵母のお酒を確認する渡邉さん。

渡邉さん
「技術自体は1980年代から研究されてるんですけど、商業的にはほとんど知られてないと思いますね。道の駅とかでバラの花の酵母を使ったワインなんかは特産品として見ることはあるけど、全国流通してるものはほぼない。

花酵母って、取り方自体はすごい簡単で、花びらに付着してるので、花首上だけ取って、特殊な液体につけて取り出すんです。その酵母を培養するんですけど、これがもともとは本当に確率の世界で。感覚的には1億分の1とか、そういうレベルなんですよ。他地域では、数年単位で失敗を重ねるケースも珍しくない。熊本では4年かけてやっと取れたって話もあります。だから最初は“取れたらラッキー”くらいの気持ちでした。でも大学の教授やいろんな人たちの知恵を借りて、僕たちはほぼ確実にツツジから酵母を採ることができるようになりました。

あとは技術だけじゃなくて、富岡のツツジの本数が多いことと、町の人たちが長年ちゃんと手入れしてきた歴史があること、生産者として気候条件なども全て把握していることも含めて、偶然じゃなくて歴史や知識の“積み重ね”もあったんだと思います」


ichidoという名前に込めた「1度」の意味

渡邉さん
「“一度きり”って意味もあるんですけど、僕が一番大事にしてるのは“1度の角度”っていう意味なんですよね。
ものを何か変えるときに、やっぱり180度変えたり、一気に変えたがるような風潮があると思っていて。でもそれって、現実ベースで考えるとかなり難しい。うちの家業でいうと何百年と続いてるんで、急に今までなかったものや新しい技術を取り入れようとしても不可能ななものもあるんです。

それに、180度変えちゃうと昔からあった良いものが失われてしまうこともある。何か変えなくちゃいけないとしても、昔と今の[いいもの][悪いもの]っていうのをちゃんと理解しながら変えていかないとダメだよね、っていうポリシーが自分の中にあったんです。

そうして、物事をじわじわと変えられる角度は些細な角度で良いんじゃないかな、という想いでichido(1度)という会社名にしました。
飛行機も、ほんの1度進行方向の角度を変えるだけで、最終的な着地点や高度、見える景色が全然違うじゃないですか。世の中を180度変えるんじゃなくて、ちょっとだけ視点を変える。その積み重ねが、大きな変化になると思っています。」

急激な改革ではなく、現実的で続く変化。
ichidoの酒造りは、この思想に強く支えられている。


お酒ごとに考える

ichidoの神棚には「Enju」と花が供えられている。厳かな神棚もどこか華やかだ。

渡邉さん
「今商品として出している「Enju」のベースは米焼酎で、そこにハーブやスパイス、果汁を加えてます。果汁比率は80%くらいなので、“ほぼジュースみたい”って言われることも多いですね。ただ、リキュールで作成すると、混ぜる成分によってミリ単位で味を変えられる分、“どこで決めるか”が本当に難しかったです。会社を立ち上げてから、商品が完成するまで2年くらいかかりました。

こちらはパッケージも含めて、贈答用とか華やかなシーンで飲んでいただけることをイメージして作っています。やっぱり花の持つイメージを活かした形です。あとはビンなんかもこだわっていて、飲み終わった後に花瓶として使ってもらえるようなデザインのビンを採用しています。このお酒を通じて花の別の価値を知ってもらったり、需要に繋がるようなことを大切にしています。

現在は、新たにツツジの花酵母を使った米焼酎の開発も進めています。こちらは度数の違いで25度と44度の焼酎を出そうと思っています。44度のお酒は高級なウイスキーみたいに、ストレートやロックでゆったりと時間をかけて味わってもらえるようなお酒に。25度の方は地元で日常的に食卓なんかで水割りとかで飲んでもらえるお酒をイメージしています。ハレの日と普段の日、それぞれで飲んでもらえるようなをお酒を造りたいんです。」


「福島を背負いすぎない」ものづくりを選んだ理由

まずは“普通においしい”“普通にかっこいい”って評価されるものを作るのが大前提で、そのあとで、“これどこで作ってるの?”って聞かれて初めて富岡を知ってもらう。その順番の方が、結果的に町にとってもいいと思ってます。

ただ、富岡という町に対する想いは商品に載せる形とは別に持っています。

2026年の7月ごろを目指して、夜ノ森駅から徒歩5分くらいの場所に浜通りの中でも、かなり大きい規模の酒蔵を造ることを計画しています。

今までは会津の酒造さんと協力して酒造りをしていたんですけど、やっぱり自前の蔵じゃないと他の浜通りで頑張っている酒蔵さんと対等に話せないという気持ちもあって。あとは全国流通や海外を考えると、量を作れないと勝負にならない。」


世界に出すことを、最初から視野に入れていた理由

渡邉さん
「正直に言うと、最初から“いつかは海外に出したい”って気持ちはありました。理由は単純で、日本国内だけで完結するより、海外の方が“花酵母”とか“ツツジの酒”っていう文脈がストレートに伝わると思ったんですよね。

実際、ベトナムのホーチミンとか、アメリカとか、輸出の話はもうでています。でも今の状況だと自社の酒蔵を持ってないので、一回の輸出量の関係や酒税などの都合もあって“直接輸出”ができない。だから一回止めている状態です。

自分たちの蔵を持てば、20フィート、40フィートのコンテナで“ちゃんとした量”を出せるようになる。海外って、数百本じゃなくて“何万本いける?”って聞かれる世界なんですよ。

あと、海外市場では、ツツジという存在そのものが強いフックになるんです。ツツジって、見た目も派手だし、桜と並んで“日本的な花”として認識されやすい。
“花から酵母を取って酒を造っている”って言った時点で、もうストーリーとして強い。そこは世界に向けた武器になると思っています。」

5年後、10年後──「町をつくれる会社」へ

富岡町でのツツジの植樹活動。町の方々から教えてもらうことも多いそうだ。

渡邉さん
「“まちをつくれる会社”になりたいですね。

新しい酒蔵がまさにその一つなんですが、正直言えばかなりのコストをかけて大きな規模の施設をもつ怖さもあります。

ただ、大きな酒蔵ができればそこで働く人たちはもちろん、カフェやショップもできるし、人が集まるハブになるような“箱”になる。町に人が来る理由を一つ作れるなら、さらにやる意味はあるなって思ったんです。

しかも多くのお酒を作って売ることができれば、酒を作って終わりじゃなくて、お酒を造る時に使うお米を作る田んぼも守ることもできるし、花も植えて風景を残しつつそこから花酵母を採ってまたお酒を造って…。その循環の中にお酒がある状態を作りたい。そして最終的には製品を造ったときに街の声がちゃんと聞こえるような、富岡町という町の広報になるようなものになると良いですね。

ichidoのお酒が、“富岡町を知る入口”になれたら嬉しいです。
1度ずつ角度を変えながら、気づいたら世界まで届いてた、っていうのが一番いいなと思ってます。」

1度の変化、一輪のツツジの花。それらの小さな想いから始まった試みは、今富岡の町で大輪の花を咲かせようとしている。またその花が新たなつぼみを芽吹かせる。開花の時はもうすぐかもしれない。

(取材・文:小波津龍平)

Ichido株式会社代表 渡邉優翔
福島県須賀川市出身
有限会社大桑原つつじ園 26代目当主
2022年福島県富岡町でIchido株式会社を設立。
2026年には富岡町内にてカフェスペースやコミュニティ機能を備えた醸造施設をオープン予定。
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