自然の代弁者として生きる 株式会社エガワコントラクター 江川正道さん(喜多方市)

よみもの生き方

12月の初雪が降る直前、“サフラン”の植え付け作業をしていると聞き、エガワコントラクターの江川正道さんを訪ねた。向かった先は、喜多方市内にいくつも点在する畑のうちの一箇所だ。

周りがぐるりと山に囲まれ、ひらけた土地が広がる喜多方の畑。少し霞んだ薄灰色の空と、冬を直前に迎えた山々の枯れ草色がぼんやりと綺麗で、これから訪れる厳しい季節を感じさせるような景色だった。

江川さんの他に作業していたのは、相田優香さんと平谷蓮太さんのお二人だ。平谷さんはなんとまだ20歳!期待のホープである。3人の仲が良さそうなやり取りに、カメラを構えていてつい笑みが溢れる。お互いに信頼し合いながら、真剣に仕事に取り組む姿勢が伝わってくる。

サフランの球根を、畝に並べ、土を被せる。球根の持ち方、間隔、土の被せ方、ひとつひとつに意味がある。それをひとつずつ伝え、丁寧に植えていく。

サフランはパエリアやビリヤニの香りづけや色付けに使われるスパイスで、世界一高価といわれるほど貴重なスパイスである。江川さんはこのサフランを、農業を始めた当初から喜多方の大地で栽培している。国産のサフランがあるなんて知らなかった私は、初めて知ったとき、とても驚いたのを覚えている。

耕作放棄地の解消から始まったエガワコントラクター

江川さんの家業は農業土木を専門に行う建設業だ。もともとは建設業の一環で、耕作放棄地の解消を行なっていたそうだ。しかし、きれいな農地に戻しても、肝心の農業をやる人がいないという課題に直面する。

江川さん:「正直、お金の面だけで言えば、そのまま5年荒らしてもらって、またうちが整備できればそんないいことはない。でもやっぱり仕事ってそうじゃなくて、意味がないと続けられない。ただ荒れた土地を戻して終わりじゃなくて、その土地がちゃんと有効活用される未来があったらよかったけれど、それが地域として難しいことならば、自分たちで新たに農業の会社を作って、その未来を引き継いでいく部分を担おうっていうのが、株式会社エガワコントラクターができた始まりです」

エガワコントラクターは、設立後すぐに江川正道さんが2代目として受け継ぐことになった。事業継承の話がでるまでは、農業をやろうなんて頭になかったという江川さん。

江川さん:「もちろん漠然とした不安はありました。でも喜多方で生まれ育っているから、農業はずっと身近だったし、難しいという認識も、特別な産業だという認識もなかった。人間として生きていくなら農業っていう選択肢は全然あるというか…。農家さんがカッコ悪いとかっていうのもなくて、自分の力で野菜育てたりできないって人間として弱いよねっていう感じが強かった。だから、農業できる自分になれたらいいなぐらいの感じで、チャレンジしてみようと思って農業を始めました。」

事業継承とはいえど、まだ会社も設立して日が浅かったため、どんな作物が作れるのか、何がこの土地に合っているかを模索する日々だったそうだ。まずは昔から喜多方で農業をやってきた地元の方々に従業員として入ってもらい、土地に合った作物や栽培方法を教わっていったという。
江川さん:「ネットで調べても一通りの栽培方法とかは出てくるけれど、喜多方に適した作り方ではない。特に大手メーカーが出しているような栽培方法は、主に関東圏が対象で、虫も動物もあまりいない状況を想定しての作り方。そうではなくて、虫も動物もいて、雪も降る喜多方で農業をやるというのはどういうことかというのを含めて教わりながら、自分たちなりの教科書を作っていきました。」

いろいろ試していく中で、栽培するものはその時々によって変化してきたが、ずっと作り続けているものの一つが、冒頭に出てきたサフランだ。

江川さん:「サフランは綺麗な紫色の花が咲くのですが、「耕作放棄地を解消した後の殺風景な土地に色を戻したい」といって父が栽培を始めました。昔から会津は薬用植物の産地だったこともあり、土地に合っていて地力が弱くても育つものを、と最初は薬用植物を栽培していて、そのうちのひとつがサフランでした。」

薬用植物というくらいなので、主には漢方薬の原料として卸していたという。しかし震災後、風評被害の影響もあって、薬の原料として本当に大丈夫なのかと取引は一旦中止に。そこで生き残ったのが、食用としても汎用性のあるサフランだった。

江川さん:「薬用で売れないのだったら食用で。こだわりの強いシェフに香辛料としてサフランを使ってもらおうと方向転換しました。今は漢方の原料ではなく、すべて食用として卸しています。」

サフランは、とても手間がかかり、少量しか生産できない貴重な食材だ。江川さんのサフランは高品質な国産のスパイス「喜多方サフラン」として全国のシェフの信頼を得ている。

喜多方の里山で農業をするということ

江川さんが作物を育てている土地は、もともとは耕作放棄地だった土地。その多くは山の麓、いわゆる里山と言われるような場所だ。

江川さん:「正直クマとかは怖いけど、そんなのいて当たり前。山に行けば動物はいます。畑の近くにも、もちろん足跡はある。彼らは人間がいない時に来ているだけで、こっちも熊がいない時に来ているだけで、会ってないけどお互いに存在は知っている。こっちは足跡で存在を知っていて、あっちは多分匂いで知っていて。お互い自分の感覚で距離感をとっている感じですね。」

そんな江川さん、「ただ“おいしい野菜をつくってます”という農業がしたいのではない」と言う。なぜなら江川さん自身が「こういった自然環境も含めて農業に惹かれているから」。

現在は、作物を育てるだけではなく、グリーンツーリズムや子どもたちの農業体験の受け入れなども行っているという。

江川さん:「うちの畑は、都市の中に農地が綺麗に整備されていて美味しそうに野菜がなっていて、それを安全に収穫できるっていう畑ではありません。周りは山ばっかりのところで。虫もたくさんいるし、イノシシ、キツネ、ウサギとか、そういう動物の足跡もあるし、声もする。いわば喜多方の自然をまるっと体験できる場所。だから、野菜の収穫だけじゃない広い意味での農業を見せてあげられるというのが強みだと思っています。そうすると、なんでここにこの虫がいるのとか、なんでこういう美味しさになるのかとか、本当に色々なことを、自然全体を使って教えることができるんです。」

喜多方の里山で、ただ作物を栽培するだけでない“自然の中の一部としての農業”を、江川さんから教わる。きっと子どもたちにとって豊かな体験なのだろう。

自然豊かな喜多方に生まれたからこそ、自然の代弁者として伝えたい

最近は気候変動などの影響もあり、「季節感が薄れてきている」「春と秋がなくなった」なんて声もよく耳にする。みなさんが秋を感じるのはどのタイミングだろうか。葉っぱが色づいて紅葉したらだろうか。「それでは遅い。それはもう秋の終わりかけだよ」と、江川さんは言う。

江川さん:「忙しく都会で生きていると、葉っぱが色づき終わってから秋が来たねって気づきますよね。色づくまでの準備期間とか、色づいていく過程ってあんまり見ていない。でもそれではもったいないって思うんです。そのちいさな変化にこそ季節を感じる喜びがあるのに。自然と一緒に生きている僕らにはそのちいさな変化が敏感にわかる。だからそれを伝えたいですね。特に子どもたちに。季節はちゃんと巡っているよ、自然はこんなに豊かだよって。」

季節はある日突然一気に変わるのではなく、日々少しずつ、グラデーションのように移り変わっていく。畑にいるとそれが微細に感じとれる。江川さんはそうやって、巡りゆく季節の中で、自然の一部として生きている。

特に喜多方を含む福島県は、四季がはっきりしていて、季節を感じるにはもってこいの環境だ。そんな豊かな感覚を、自然の代弁者として伝えていくことが、江川さんの農業なのかもしれない。

(インタビュー・文・写真:岡田菜緒)

江川正道  農業生産法人株式会社エガワコントラクター代表取締役/一般社団法人COOLAGRI(クールアグリ)代表理事
福島県喜多方市生まれ。農業生産法人(株)エガワコントラクターに入社した後、2016年に事業継承し代表取締役に就任。家業である建設会社のノウハウや重機を活かし、耕作放棄地の解消から、その後の野菜生産まで自社で一貫して行う。2025年より一般社団法人COOLAGRI(クールアグリ)代表理事に就任。地域農業の強化と次世代の農業者の育成に力を入れ、「ふくしまから新しい農業のカタチを創る」べく邁進している。

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