続けるために、商品としてつくる
岳温泉の入口にほど近い場所に、温泉土産や食品加工品を扱う小さな店がある。観光客がふらりと立ち寄り、温泉卵を食べ、少し腰を下ろして休んでいく。店内に並ぶのは、いわゆる「温泉地らしい」土産物だけではない。洗練されたデザインの入浴剤や加工食品が並び、どれも手に取りたくなる。
この店を営むのが、佐藤善彦さんだ。

佐藤さんが製品づくりで最も大切にしているのは、「続けること」だという。 「何でもかんでも続ければいいわけではありません。でも、きちんと意味のある形で、次につながっていくことが大事だと思っています」
その言葉の背景には、地方でよく見かける現実がある。想いを込めて「いいもの」をつくったにもかかわらず、売れずに終わってしまうケースだ。佐藤さんは、その原因を「商品を“作品”としてつくってしまうこと」にあると捉えている。
「つくり手の想いやこだわりが強すぎて、結果的に売れない。そうなると、続かないんです。だから僕は、意識的に“商品としてつくる”ことを大切にしています」
作品と商品。その違いを分けるのは、利益が生まれるかどうかだと佐藤さんは言う。お客さんが価値を感じ、きちんと対価を払ってくれるかどうか。そこが成立しなければ、事業としても暮らしとしても続いていかない。
料理人の経験がつくった「商品」の視点
この考え方は、佐藤さんがかつて料理人として働いていた経験とも深く結びついている。 「料理は、その瞬間が100%、いや120%。出した瞬間が一番おいしいものにしなくてはならないんです。でも加工品は違います。陳列され、流通し、賞味期限があり、管理される。その先まで含めて考えないといけない」
料理の感覚のまま加工品をつくると、それは自己表現としての“作品”になってしまう。だからこそ佐藤さんは、加工品づくりにおいては、最初から120%を目指さない。
「最終的にお客さんが口にしたときに120%になればいい。店頭に並んだ時点では80%でも、“おいしいな”と思ってもらえればいい。その代わり、味だけでなく、パッケージやデザイン、手に取ってもらう工夫も含めて商品として考えます」
岳温泉の湯を再現した入浴剤や加工品の数々は、こうした思想から生まれている。なかでも入浴剤は、コロナ禍で観光客が激減した時期に開発されたものだ。 「温泉に来られないなら”家で体験してもらおう”と。友達に配ってもらって“いつか行ってみたい”と思ってもらえたらいいな、という気持ちもありました」

それは単なる土産物ではなく、体験の記憶や余韻を届けるためのプロダクトだ。佐藤さんは「お土産は体験の延長」だと語る。
「福島に行ってきた、岳温泉に行ってきた。その時間を誰かに話すための“きっかけ”になるのが、お土産なんだと思うんです」
積み重ねる商品づくりと、その先
この発想は、おつまみ温泉卵のシリーズにも表れている。東北各地の郷土料理の要素を取り入れ、温泉体験と食文化を一つの商品に落とし込んだ。開発には約2年という歳月を要したという。

「流行りのものは、広がるのも早いけれど、終わるのも早い。だからこそ、ちゃんと積み重ねて、次につなげられる形にしたいと思っています」
その「次」を見据え、佐藤さんはOEM(受託製造)にも可能性を広げている。自社ブランドで培ってきた加工やパッケージングのノウハウを、他の事業者の支えとして生かしていく構想だ。 「地域のことを語る前に、まず自分たちの事業が安定していないといけない。それがないと、何も続かないですから」
地域と向き合うということ
一方で、佐藤さんの視線は事業だけに向いているわけではない。 岳温泉や地域について語るとき、佐藤さんは「町おこし」という言葉に慎重な姿勢を見せる。 「正直、町おこしってすごく難しい。何をもって成功なのか、その定義も曖昧ですよね」
佐藤さんが大切にしているのは、街全体を一気に変えることではなく、小さなコミュニティが点在している状態だ。自身が管理する賃貸物件には、縁のあった人たちが暮らし、ときには一緒に食事や酒を楽しむ。
「すごく局地的ですけど、そういう関係性も一つの地域の形だと思うんです。移住を考える人にとっても、“受け皿”があるのは安心だと思います」
かつて温泉地にあった、人と人との緩やかなつながり。その価値が、今あらためて見直されていると佐藤さんは感じている。
「物が豊かだった時代を経て、今は人との関係や居場所みたいなものが大事にされている気がします」
今後の展望について尋ねると、佐藤さんはこう語ってくれた。
「事業は手段であって、目的はここで楽しく暮らすこと。自分の居場所があって、ふらっと行けば誰かがいる。そんな状態が続いていけばいいなと思っています」
明確なビジョンや大きな計画よりも、当たり前の日常が続いていくこと。その積み重ねこそが、佐藤さんにとっての「地域と向き合う」ということなのかもしれない。
岳温泉から生まれるプロダクトには、派手な言葉はない。しかしそこには、「続けるために、商品としてつくる」という、静かで確かな思想が息づいている。
(インタビュー・文・写真:菅野海琴)

