蔵の街、ラーメンで有名な喜多方市。中心市街から少し車で北へ向かうと、立派なハウスがずらりと並んだ畑が広い見えてくる。ここがアスパラ農家「あすぱらの田中」の田中圭さんが営む畑だ。アスパラのハウスは全部で23棟。そのうち5棟は新しく建てたばかりだ。
アスパラ畑の隅にあるちいさなハウスでは、最近栽培を始めたイチゴが実をつけ始めているというので、覗かせていただく。ハウスの中をミツバチが忙しそうに飛んでいる。イチゴは紅ほっぺという品種だそう。「好きなの採って食べてみてください。この辺りのやつが大きくておすすめですよ。」と田中さん。ひとつ採っていただく。ヘタのすぐ近くまで真っ赤なイチゴは、甘酸っぱくておいしい。

まだイチゴを栽培している人が少ないという喜多方。地元の方から栽培して欲しいという声があって、昨年から試験的に取り組み始めた。アスパラの世話がひと段落する冬の間の仕事として、イチゴはちょうど良いのだそう。話していると地元の人が頼んでいたイチゴを受け取りにきた。ハウスをのぞいて「頑張ってね」と声をかけて帰っていった。
いつかやりたかった“農業”への転換
田中さんは喜多方市の出身。進学を機に喜多方市を離れ、そのまま東京で就職。2018年に地元に帰ってきて、1年間アスパラ農家のもとで研修をしたのち、2019年に新規就農してアスパラ栽培を始めた。
田中さん:「もともといつか農業がやりたいというのはあったんです。でもまだ先の話で、リタイアしたらのんびりやろうかなと思っていました。」
そんな田中さんが予定より早く農業の世界に足を踏み入れたのはどうしてだったのだろう。
田中さんはもともと建築業界で働いていた。学生時代、環境問題への関心から林業に興味をもった。しかし林業では食べていける気がせず、そこに関わりがありそうな業界として選んだのが、建築業界だったそうだ。
田中さん:「林業に関心があって入社したものの、仕事内容は林業とは程遠くて、全然興味が持てなかったんです。建築が心底好きな同僚と自分を比べたとき、吸収できる量や熱量の差に一生懸命やっていても勝てる気がしないと感じて、自分のフィールドはここじゃないのかもしれない、と気づいた。どうせ大変な仕事なら、好きなことで大変な方がいいなと思って、もともとやりたかった農業を早めにやってもいいよなと、農業の道を検討し始めました。」
人生設計を見直した田中さんは、その後、埼玉県にある農業生産法人に転職。そこでは、作付け計画や経営管理、採用活動まで「経営」の一通りを学んだという。5年間働いた後に、独立に向けて準備をはじめた。
喜多方でアスパラを選んだわけ
新規就農を考える際、最初はマーケットが近い東京近郊を検討していたという。しかし東日本大震災後、風評被害などの困難に苦しむ地元を見て、喜多方に帰ろうと決めた。
田中さん:「自分は地元に愛着のある人間だし、農業はその土地をつかってやる仕事なので、地元に戻って農業をすることは何かしらの貢献につながるのではないかと思ったんです。」
喜多方で新規就農をする際に勧められたのは、アスパラ・キュウリ・トマトの3種類だった。自分で情報を集め調べた結果、アスパラは1000円の利益を上げるための労働時間が他と比べて少ない、贈答用など売り方の幅が広いなどの特徴があった。

田中さん:「あともうひとつ、一番の理由としては、アスパラってまだ生態が解明されていない作物だったってことがありますね。アスパラって研究する人もまだ少なくて、実はまだわからないことが多いんですよ。」
そこに面白さと将来性を感じたというのが、田中さんがアスパラを選んだ理由だった。
“自分・アスパラ・喜多方”3つの相性はピッタリ
アスパラ栽培を始めて7年。実際やってみてどうなのか聞いてみると「自分とアスパラ、そして喜多方の土地。この3つの相性はすごくいいと感じています」と田中さん。
「自分とアスパラと喜多方の相性が良い」とは具体的にどういうことなのだろうか。
田中さん:「まず喜多方がアスパラの産地なので、もともと土地に合っているということですね。アスパラは生命力が強くて、あまり繊細な植物ではないところが自分に合っていました。おいしいアスパラを作るにはもちろん水の管理などは大切ですが、キュウリとか他の作物に比べて、そんなに細かなことは気にしなくても大丈夫なんです。あとはやはり喜多方が地元なので、市役所や農協や同業者、お客さんに同級生が多かったのも始めやすかったですね。みなさんに支えられています。」
アスパラは全国的にまだまだ需要に対して生産量が少ない野菜のひとつだという。喜多方はアスパラの産地であるにも関わらず、地元の人はアスパラをあまり買うことがないそうだ。田中さんがアスパラの栽培を始めたことで、飲食店の方々や友人は「買うところができた」と喜んでくれているのだという。

また、相性の良さは経営にも表れている。2023年には、経営が軌道に乗ったことを評価され、第64回福島県農業賞を新規就農部門で受賞した。一般的に農業の世界では、新規就農者が事業計画通りに進めることは難しいとされている。しかし田中さんは計画を着実に実行し、県内全域の中から農業分野で最も権威ある賞に選ばれたのだ。「これから農業をやろうとしている人の励みになれば嬉しいですね」と田中さんは笑う。
素直な好奇心とやりがい
アスパラのハウスは現在23棟。すでに収穫しているのはそのうち18棟で、残りの5棟は今年から収穫が始まる予定だ。着々と規模を拡大している。今は田中さんひとりで全て管理しているが、これが「ひとりで管理できるギリギリのスケール」だという。やりがいはどんなところに感じているのだろう。
田中さん:「農業って100%成功報酬の仕事なんですよね。“自分の体を動かして、その成果として報酬を得られる”ということ自体がシンプルに楽しいです。もちろんお客さんに喜んでもらえたら嬉しいですが、自分の身体的な喜びに従って素直にやっているだけのような気もします。自分勝手に聞こえますけど(笑)でもだからこそ、人よりちょっと大変さを感じずにやれるのかなと思います。」
もともといつかやりたかったという農業。それを素直に楽しんでいるという田中さん。やはり農業は田中さんにとってしっくりくるフィールドだということなのだろう。
田中さん:「あとは、様々な環境要因に対する対策を考えることや、新しい畑をどう設計するかを考えることも楽しいですね。特にアスパラは未だ研究中の作物なので、今まで正しいとされていたことがやっぱり間違っていましたみたいなこともザラにある。作りながらも栽培法は確立しきってないというか。本当に色々研究しながらやっているような感じ。困る部分ではあるけれど、そういうところが私にとっては面白いですね。」

一方で、なかなか生産者が増えないことがアスパラの課題でもある。栽培方法が確立しきっていないアスパラは、仕組み化が困難で、様々なリスクもあるため、大手企業は参入しづらいということもその理由のひとつだ。
そんなアスパラの生産者育成に少しでも協力しようと、昨年から研修機関に登録し、新規就農希望者を受け入れできる体制を整えた。
田中さん:「自分がしてもらったことを恩返しできればという気持ちもありますし、生産者が増えることは、今いる生産者にとってもメリットにもなるんです。産地としてまとまった量を安定して供給できなければ大きな市場とは勝負できないので。」
自分の素直な好奇心に従い、おいしいアスパラを生み出し、そして着実に生業として軌道に乗せてきた田中さん。これからは、規模を拡大しつつ、人員も増やして、そして長く続けていくためにも休みをしっかり取れるような体制にしていくことが目標だと言う。
「喜多方で農業をやる人に、希望を与えられるような農業を続けていきたい」そう話す田中さん。福島で農業をやりたいと考えている人は、田中さんを頼ってみるととても心強いのではないかと思う。
(インタビュー・文・写真:岡田菜緒)

