あたたかな陽気が続いたかと思いきや、急な寒の戻りで雪が降った2月のある日、会津美里町でワイン用ブドウと果樹の栽培、オリジナルワインづくりを行う「GrapesHütte(グレープスヒュッテ)」の橋本さん夫妻を訪ねた。
夫の竜太郎さんは会津若松市、妻の愛子さんは熊本県の出身。2016年に会津美里町に移住し、竜太郎さんは地域おこし協力隊としてワイン用ブドウの栽培に関わったのち、2020年に新規就農というかたちで本格的に農業の道へ。
この日は、愛子さんにお話を伺った。まずは畑を案内してもらう。畑がある会津美里町の新鶴地区は、丘陵地にはブドウ畑、平地には田んぼが広がるのどかな地域だ。

雪の中、道なき道をざくざくと歩き、丘の上の畑に向かう。雪で真っ白に染まった畑に、線を描くように広がる果樹の枝。なだらかに続く丘に連なるブドウ棚は、リズムをうつ波のようだ。
冬の間は、果樹の剪定や支柱の補修など、春からの本格的な芽吹きに向けた管理作業を行なっているという。雪が積もった梨の枝には、もう新しい芽が顔を出していた。
愛子さん:「今日は天気が悪くて見えないけど、この畑からの景色が本当に美しくて。晴れていると、ハウスの奥に飯豊連峰、右手側には磐梯山と、かっこいい山が見渡せるんです。この景色があったから、ここで農業がやりたいなと思ったくらい。」

農業へのこだわりと農業を続けるということ
現在栽培しているのは、ワイン用ブドウと食用ブドウ、梨、高田梅だ。耕作放棄地だった土地を引き継いで栽培を始めた。就農して今年で6年目。少しずつ規模も広がっていて、自分たちがやりたい農業のかたちに近づいてきたという。
ブドウは農薬を使わずに栽培することが難しいとされている果樹の一つだが、橋本さんはなるべく農薬を使わず、有機肥料で栽培することに挑戦している。
愛子さん:「ブドウの搾りかす、米ぬかや落ち葉、坂下町にある『やますけ農園』さんの鶏糞などを使った堆肥作りも本格的に始めました。畑に入れるものは信頼できるものだけを使いたいなと。ゆくゆくは全ての畑の分を賄えるくらい作りたいですね。」
2025年の12月には、国が策定している「みどりの食料システム法」に基づき、化学肥料・農薬の使用低減などに取り組む農業者の認定制度「みどり認定」も受けた。いままでの活動に加え、さらなる目標を据えて取り組んでいるところだ。

一方で、地域の現状としては耕作放棄地が増え、土地が荒れていくという課題がある。ブドウの産地である新鶴地域でもブドウ栽培を辞めていく人が多く、そして新たに就農する人はほとんどいないのが現状だという。
愛子さん:「荒れた畑は、獣の棲家や通り道になるし、そこから病気が蔓延してしまうこともある。様々な課題に対しても地域全体で考える必要がある。逆に自分たちが荒らす側にならないように、こだわりをもって栽培することと同時に、きちんと農業経営を続けていくことが目標でもあります。そのバランスがとても大事だなと思っていますね。」
地域の先輩農家さんや、遠方で同じようなことに取り組む仲間とも情報を共有しながら、目指す農業を追い求めつつ、地域の農業が守られるようなかたちを模索しているところだという。
愛子さん:「今、自分たちが試していることがうまくいけば、次に新しく農業をやりたいという人に伝えられる。自分たちが安定した経営を続けていくことで、それをみて後に続いてくれる人が増えたら嬉しいですね。」
ブドウを丸ごと味わうGrapesHütteのワインづくり
農薬はなるべく減らし、一房一房に手をかけて愛情をこめて育てたブドウで仕込む。自然の中でブドウの周りに存在する野生酵母の力をかりて発酵させる。補糖、濾過、亜硫酸塩添加、酸化防止剤の添加は一切行わない。
橋本さんのワインからは、ブドウの果実そのもののみずみずしさ、その土地の太陽の光や、風、土の匂いも感じられるようだ。
現在、醸造は宮城県柴田郡にあるワイナリー「Fattoria AL FIORE」さんに委託し、橋本さん夫妻も毎年一緒に仕込みをしているという。
ワインのラインナップは3種類。赤ワインの「Hana」はカベルネソーヴィニヨン&メルロー、白ワインの「Ibuki」はシャルドネ&アルバリーニョを使用している。
もう一つ、“GrapesHütteらしい”ワインが、「LaLaLa」である。福島県オリジナル品種である食用ブドウ「あずましずく」を使ったワインだ。微発泡のロゼワインだが、オレンジワインのような雰囲気で飲みやすくておいしい。
橋本さん:「せっかく福島のオリジナルのブドウがあるんだから、それでワインを作ってみたいと始めました。あすましずくは食用のブドウだから最初は本当にできるのかなと懐疑的でした。新たな挑戦でしたね。」
このあづましずく、年々作るのを辞めていく農家さんも多いという品種なのだという。幹が柔らかくて虫が入りやすいということや、気候変動で夜が冷えなくなった影響で黒く色づきにくくなってしまったことなどが原因らしい。周りの先輩農家さんからは反対されたという。
橋本さん:「それでもやってみたいと作ってみたら、自分たちも素直に美味しいと思えるワインが出来上がったんです。香りは甘いけど、飲み口としては柑橘っぽい感じもある。おいしいし意外とお料理を選ばないワインで。これはいいぞ!と。」

あづましずくはその豊かな香りが特徴だという。「収穫のとき畑がいい香りになって。本当にいい香りが一面に広がるんです。」と橋本さん。
ちなみに、その香りを感じているのは人間だけではない。収穫は獣や虫の危険と隣り合わせ。実際にこれまで食害も出ているという。一昨年には、明日にも収穫だという頃に、スズメバチが次から次へと飛来し台無しに。その翌年は、300房近くをクマに食べられてしまった。
数々の困難をくぐりぬけてやっとできるワイン。難しいことにあえて挑戦し、スズメバチやクマの被害があっても、きちんと対策しながら「福島のブドウでこんなにおいしいものが作れるなら」とあずましずくのワインは作り続けたいという。そこには、土地への想いとおいしいものを届けたいという橋本さんのこだわりが見てとれた。
「食」と「農」へつながった山小屋での経験
そんな橋本さん夫妻の農業をはじめるきっかけとなったのは「山小屋」だという。ふたりは、長野県にある八ヶ岳の山小屋で働いていたときに出会った。
それまで、栄養士として働いていた愛子さんは、この仕事が自分に向いているのかずっと悩んでいたという。一度、大自然の中に身をおきながら働いてみたいと辿り着いたのが山小屋だった。
山小屋の役割は、訪れた人が安全に山に登れるよう送り出すこと。山小屋では、登山客への食事提供、食糧などを背負って運ぶ歩荷、布団の準備や掃除までなんでもこなしていた。
「この方にとって最後の食事になるかもしれない、そう思って食事を提供していました。」大自然を相手にする登山は、それくらい常に危険と隣り合わせ。救助のヘリが飛ぶときはいつもヒヤヒヤした。
愛子さん:「最初に働いた富山の山小屋で作っていた食事が、質素な家庭料理ではあるけど、本当に丁寧で心がこもったもので。みなさん本当においしそうに食べてくださって。私はこんな料理がしたかったんだなあって思ったんです。」
やっとの思いで山小屋に辿り着いて食べる食事。誰かにとってはもしかしたら最後になることだってありうる食事。食べるということに改めて向き合うきっかけになったという。
山小屋で過ごす中で出会う日々ころころと表情を変える雄大な自然。光、風、匂い、温度、ひと時として同じではない。それは美しくもあり、おそろしくもある。山で生活をするということは、私たちが想像する以上に生と死を感じさせるものなのかもしれない。
そんな山小屋での経験があった橋本さん夫妻だからこそ、自然と向き合い、命と向き合い、生きる根源である「農」と「食」へと行き着いたのだろう。
「GrapesHütte」に込めた想い
屋号である「GrapesHütte(グレープスヒュッテ)」は、橋本さんが造った言葉である。ヒュッテとはドイツ語で山小屋を意味する。
愛子さん:「飯豊連邦を望める畑の中に、山小屋みたいな場所を作りたい。理想は醸造ができて、食事が提供できて、ワインを飲みながら食事を楽しんでもらえるような場所。そんな夢を忘れないためにも、「GrapesHütte」と名付けました。」
「やっぱりいつかは料理を提供してお客さんに喜んでもらいたいという思いがある」と話す橋本さん。ときどき、料理とワインのペアリングイベントなどを行うこともあるという。SNSには美味しそうな食事と共にワインを紹介する投稿がたくさんだ。

家族経営のワイナリーを建て、大切に育てたワイン用ブドウを自社醸造すること。自家製のワインやブドウ、地域の食材をふんだんに使った料理でおもてなしすること。それが橋本さん夫妻の密かな夢である。
ブドウ畑にある小さな山小屋「GrapesHütte」で、雄大な山を眺めながらワインと食事をいただく。そこで作られたものを、そこで出会った人たちとともに味わい、ともに楽しむ。そんな日が来ることを、心から楽しみにしている。
(インタビュー・文・写真:岡田菜緒)

