「農業・福祉・観光をつなぎ、100年続く仕組みを」株式会社smil farm 代表取締役 谷口豪樹さん

よみもの生き方

川俣町・谷口豪樹さんが描く「ゼブラ企業」のかたち

川俣町の田んぼが広がる風景のなかで、農業・福祉・観光を組み合わせた事業に取り組んでいる会社がある。株式会社smile farmの代表・谷口豪樹(たにぐち・ごうき)さんは埼玉県出身。大学卒業後はゴルフショップに就職し、全国に転勤を重ねた。転機は2013年のクリスマス。転勤で初めて福島を訪れたことだった。そのとき感じた土地の魅力が、その後の人生の方向を変えるきっかけになったという。都市とは違う時間の流れ、人との距離感、そして風景の広がり。そうした環境が心に残った。その後、福島との関わりは少しずつ深まっていく。

やがて「ここで生きていく」という選択が現実のものになっていった。

「かっこいい」から始まった農業への転身

農業を始めるきっかけは、夏休みに奥さんの実家の農作業を手伝ったことだった。

「土と向き合っている姿が、単純にかっこいいと思ったんです」

その感覚が、会社員から農業への転身につながる。2017年、川俣町が進めていたアンスリウム栽培プロジェクトに応募し、就農。ポリエステル培地を活用した生産組合の一員としてスタートした。農業は経験の積み重ねが重要な仕事でもある。作物の状態を見ながら環境を整え、試行錯誤を繰り返していく日々だったという。出荷までには2年を要し、ようやく販売が始まった2019年、コロナ禍で花の需要が急減する。市場が止まり、売れない状況に直面した。そんな最中、イチゴ苗の生産依頼が舞い込む。試しに始めた苗づくりは、工程管理や品質管理など、再現性のある仕組みを整えていく作業だった。

「これが自分に合っていると感じたんです」

苗生産を続けるなかでイチゴ栽培にも挑戦し、観光農園としてのイチゴ狩りを開始した。「地域を盛り上げたい」という思いが、少しずつ形になっていった。経験を重ねながら、自分にできる農業の形が見えてきたという。

三本柱の経営構造 ― 生産・福祉・観光

現在のスマイルファームは、三つの部門で成り立っている。

生産部門(イチゴ苗、アンスリウム、米、農園受託)

福祉部門(就労継続支援B型事業所)

観光部門(イチゴ狩り、キッチンカー、カフェ構想)

「どれか一つに依存しない形にしたかったんです」

農業は天候や市場の影響を受けやすい。複数の収益源を持つことで、事業の安定性を高めている。三つの部門は上下関係ではなく、互いに支え合う構造として存在している。

農業の構造設計から生まれた農福連携

谷口さんが農業を続けるなかで注目したのは、「作業工程」だった。農作業を細かく分解していくと、難易度や役割の異なる仕事が数多く存在することが見えてきた。イチゴ栽培だけでも、収穫、選別、パック詰め、管理など、工程は100以上に分けられるという。それぞれの作業には異なる集中力や技術が求められる。工程を整理することで、農業の仕事はより具体的に見えるようになっていった。この構造化が農福連携につながっていく。農業の工程を整理し、マニュアル化していく過程で、さまざまな人が関われる仕事の形が見えてきた。B型事業所の利用者だけでなく、地域おこし協力隊や海外からの技能実習生など、多様な人材が農業に関わる形で農園を運用している。異なる背景を持つ人たちが、それぞれの役割を担いながら現場を支えている。

「農業に参画できる人を増やしたいんです」

人手不足という地域課題に向き合いながら、働く場をつくる。農業という現場のなかで、人と仕事を結びつける仕組みが循環している。日々の作業の積み重ねが、地域の働く環境を少しずつ広げている。

「ゼブラ企業」という考え方

谷口さんが目指しているのは「ゼブラ企業」という経営のあり方だ。急成長や利益の最大化を目指すのではなく、地域課題の解決と事業の継続性を両立させる企業の形を指す。川俣町は人口減少や人手不足が続いている。その課題に向き合いながら、農業・福祉・観光を組み合わせた事業を続けていく。地域の中で必要とされる受け皿を作り、続けていくことが重要だと考えている。

「僕の代で終わらせたくないんです」

目指しているのは、現在の規模を拡大することではない。今のスマイルファームの10分の1ほどの小さな拠点を各地に広げていく構想を描いている。農業の作業工程を分解し、必要な人材を柔軟に配置できる仕組みを地域ごとにつくる。スポット的に人材を支援できる体制を整えることで、小規模農家の経営を支えることもできるという。点だった取り組みを線にし、やがて面にしていく。それが谷口さんの描く未来だ。

観光農園という「交差点」

観光部門のイチゴ狩りには、年間およそ1万人が訪れる。品質を大切にしながら続けてきたことで、リピーターも増えている。農園を訪れた人が地域を知り、農業に触れる機会にもなっている。さらにこれからは、イチゴハウスを朝の活動の場として活用する構想もある。

「朝7時から開けて、ヨガやミーティングができる場所にしたいんです」

農業の現場が、人が集まる場所になる。観光は、生産と地域をつなぐ“交差点”の役割を担っている。

「川俣は、やりたいことを応援してくれる環境があるんです」

行政や学校との連携、イベント出店など、活動の広がりを感じているという。地域との関係は、日々の仕事のなかで少しずつ築かれてきたものだ。急いで規模を拡大するのではなく、まずは続く形をつくることを大切にしている。農業・福祉・観光をつなぎながら、地域に根づく仕組みをつくる。100年続く農業は、畑だけではなく“構造”から生まれる。

「まだ5期目、これからが本当の勝負です」

谷口さんの視線は、10年先、50年先、その先に向いている。農業と福祉と観光が交わる場所から、100年続く仕組みをつくる。谷口さんの挑戦は、これからもこ土地で続いていく。

(インタビュー・撮影・文 菅野海琴)

株式会社smile farm(スマイルファーム)代表取締役 谷口 豪樹(たにぐち ごうき)
1987年埼玉県生まれ
大学卒業後、大手ゴルフ用品専門店に勤務
2013年、転勤で福島市へ
2018年、川俣町ポリエステル媒地活用推進組合に参画し「かわまたアンスリウム」の生産を開始
2021年、株式会社smile farmを設立
現在は花卉のほか、イチゴなどの苗、水稲の生産、観光農園の運営などを行う
2023年より川俣町から体験農場の運営管理を受託
その後も関係人口の増加、就農希望者支援などを通じて持続可能な地域の未来づくりに貢献している
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