「小さな農村から、未来へつなぐ食を。」株式会社NOREGION 代表取締役 力武柾人(河沼郡会津坂下町)

よみもの生き方

1月の下旬、こんこんと雪が降りしきる中、国道から一本外れた山道を進んでいくと、「りんご」と大きく書かれた看板があるちいさな集落にたどり着く。株式会社NOREGIONの代表取締役・力武柾人さんが暮らす会津坂下町高寺地区の杉山集落だ。ここは知る人ぞ知るりんごの産地。そして、この杉山を含む高寺地区は、蕎麦がおいしいことで有名な地域でもある。

ここに拠点をおく株式会社NOREGION(ノーリージョン)は、2025年に立ち上がったばかりの会社だ。

力武さん:「NOREGIONという名前には、2つ意味があって。一つは農村の「農(NO)」と「地域(REGION)」という意味。これは私たちが活動の拠点にしている農村を指しています。もうひとつは、「No Region」。これには、「地域を超えて食を届けていく」という意思を込めました。」

株式会社NOREGIONでは、「食を届ける」ことを事業の柱に据え、農産物の加工や商品開発、販売などを行っている。

力武さん:「美味しいものってもとを辿ればこうした農村の豊かな自然に行き着くものが多いと思うんですよね。そんな食の恵みを、きちんと本当の価値が伝わるように編集して、僕たちが暮らすこの農村からあらためて届けたいっていう想いでスタートしました。」

アップルパイと蕎麦

株式会社NOREGIONが「食を届ける」事業として行っているのが、アップルパイ専門店「あぴこの暮らす里」と加藤そば道場の十割手打ち蕎麦「大吟醸そば」だ。この地域のりんごと蕎麦という資源を、おいしさはそのままに、リブランディングして届けている。

力武さん:「この地域のりんご農家さんと提携して、少し形が悪いなどの理由で美味しいのに出荷できないりんごを買い取り、アップルパイに加工して販売しています。最近ではアップルパイのほかにタルトタタンやカヌレなども販売を開始しました。」

アップルパイは、杉山集落にある店舗「あぴこの暮らす里」で販売しているほか、マルシェなどのイベントにも出店している。イベントではすぐに売り切れてしまうほどの人気商品だ。丁寧に層を重ねた自家製のパイ生地のサクサクと軽い食感に、りんごのおいしさを生かした甘すぎないコンポートがよく合う。季節ごとにリリースされるりんご以外のパイは、その季節の恵みを詰め込んだ限定の味でこちらも見逃せない。

自宅で手軽に本格的な十割蕎麦が楽しめる「大吟醸そば」は、急速冷凍という技術を用い、試行錯誤の末にできた商品である。

力武さん:「蕎麦は、“引き立て・打ちたて・茹でたて”がいいとされているのだけど、十割そばって実は茹でるのがとても難しいんです。これまでは、最後の大事な茹でという工程を、食べる人に委ねてしまっていた。で、茹でがうまくいかずに、なんかぶつぶつ切れちゃうし、微妙だねって思われるのがすごくもったいないなと感じていて。職人がおいしく茹でたものを自宅で手軽に食べられるようにできないかと思ったんです。」

なんとこの蕎麦、冷凍で届いたものを、茹でずにレンジで温め、冷水で締めるだけでいいという。自宅で職人が打ったような喉越しの蕎麦が味わえるなんて革命である。

アップルパイも大吟醸そばも、現在ECサイトで販売中とのこと。そこでしか味わえなかった“おいしさ“が技術によって遠くにも届く。そのおいしさを辿って、この地域にも足を運んでもらえたらと考えているという。

田舎暮らしを求め、九州から東北へ

力武さんは2022年に九州から会津坂下町に夫婦で移住した。九州から移住した力武さんだが、幼少期を喜多方市の山都町で過ごしていたという。

力武さん:「父親が移住者で、30年前ぐらいに九州から山都町に来ました。そこに私が生まれて9歳まで過ごした後、九州に帰りました。それから、社会人を4年ほど経験した後に、また私だけに会津移住してきました。なので一応は Uターン?です。」

移住した理由は、シンプルに“田舎で暮らしたかった”という力武さん。

力武さん:「ガレージで友人と車やバイクをいじり、思い立った時に庭でキャンプ気分を味わう。特に火を囲んで過ごす時間が欲しかったんです。街中の制約に縛られず、そういった外遊びが自由にできる環境を求めて、田舎に行こうと思いました。」

九州県内の田舎に移住することもできたが、力武さんの原体験である四季がはっきりした東北の自然のほうが好きだったそうだ。今はここでの暮らしが心地よいという。

地域に根ざし、リモートワークではなく「農」をなりわいに

前職はITエンジニアだったという力武さん。ITエンジニアといえば、今やどこにいてもパソコンさえあればできる仕事のひとつである。移住当初は、“リモートワークしながら田舎暮らしを楽しむ”というスタイルで生活していたという。しかし力武さんはそれを敢えてやめ、自分の事業のほか、地域の農業生産法人に所属して米づくりもしている。ITエンジニアから農業や地域の食に関する仕事に転換したのはどんな思いからなのだろうか。

力武さん:「リモートワークで田舎暮らしを楽しんで、どこかで田舎のいいところだけを享受しようみたいな深層心理があったと思うんですよね。だけど、こういう田舎の風景って“水田ありき”なのだと気づきました。水田があるから、ため池が整備され、水路が守られ、こまめに草が刈られる。この美しい景観のベースには「稲作」があると思うんです。そこがなくなったら、僕が望んでいた田舎の景色もなくなるし、人もいなくなっちゃうよなって。」

移住したきっかけであるこの美しい田舎の風景。その風景をつくっている農業。農業という営みが続いていかないとこの景色は消えてしまう。農業従事者の平均年齢が70歳に近づこうとしている昨今、次世代への継承は日本全国で共通の課題だ。

この地域のこの風景の中で生き続けるためには「自分も今すぐ関わらなければ」という、切迫した、しかし地域の循環の中で生きる人にとっては至極当たり前で自然な動機がそこにはあった。

この地域をみんなで楽しむ企て“りんご祭り”

力武さんの話を聞いていると、この土地での暮らしを心から楽しんでいるということが伝わってくる。この楽しさをもっとみんなで分かち合おうと仲間を広げていく企てが少しずつ始まっているという。スギヤマベースというチームを作り、昨年、力武さんたちが自主開催したお祭り「りんご祭り」がそのひとつである。

力武さん:「りんごの産地である高寺地区に人が集まって、ワイワイ楽しめるような場をつくりたくて企画しました。もっとりんごの魅力やこの地域の農作物の魅力を伝えたい、食を通じていろんな人が来てくれたらいいなと。普段は人通りも少ない静かな集落ですが、当日はお祭りめがけて町内外から350人もの方が足を運んでくれました。マルシェやりんごにまつわるファッションショー、地域パフォーマーのステージなど、とても盛り上がって大成功だったと思います。」

りんご祭りは今年も開催予定とのことで、これから新たな地域の恒例行事になっていく気配を感じてワクワクしている。

これからのことを尋ねると、「この地域を、もっと人が遊びに来られるような場所にしていきたい。あと、一緒に楽しむ仲間を増やしたい」と話す力武さん。 人口減少、担い手不足、過疎、少子高齢化など、マイナスな側面が語られることが多く、課題が山積している中山間地域。課題には向き合い続けないといけないけれど、「こんなにも豊かなのだから、もっとそれを楽しんで生きていこう」という前向きで明るい気持ちが力武さんからは溢れていた。この豊かさを能動的に楽しみながら農村で暮らしてみたい人は、杉山集落を訪ねてみると良いかもしれない。

(インタビュー・文・写真:岡田菜緒)

株式会社NOREGION 代表取締役 力武柾人
佐賀県出身
2022年に宮崎県から福島県会津坂下町に移住。エンジニア業と並行して米作りを行う「半農半IT」の生活を経て、2025年に株式会社NOREGIONを設立。地域おこし協力隊を卒業した妻と共に、アップルパイ専門店「あぴこの暮らす里」をオープン。
また、町内外の仲間と「りんご祭り」を主宰するなど、農村の暮らしを能動的に楽しみ、その豊かな風景を次世代へ繋ぐ企てを続けている。
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