まだ冬の寒さが残る空気に、春のような日差しがぽかぽかと暖かく差しこむ2月のある日。南相馬市原町区で、いちご園を営む伊賀さんを訪ねた。伊賀さんのことは、2020年にも取材させていただいている。今回、約6年ぶりに改めてお話を伺った。
到着するとまずハウスを案内してくれた。ちょうど間もなくいちごの収穫が最盛期を迎えるところだった。ちいさな赤い実が畑のそこかしこに顔を出している。耳を澄ますと花粉を運ぶ働き蜂の羽音が聞こえてくる。

伊賀さん:「今年は例年よりも気温が低くて、ミツバチがあまり飛ばなくて。マルハナバチという蜂をいれてみたんです。そしたらミツバチより大きくて元気なもんだから、今度は花をちょっと傷つけてしまっているようで。1日おきに飛ばしたりと試行錯誤中なんです。」
農業を始めて27年、毎年が勉強
伊賀さんは南相馬市の出身。代々続く農家の長男として生まれ、楽しそうに農業する両親を見て育った。進学を機に一度地元を離れて北海道で酪農を学んだのち、南相馬に帰ってきて農業を手伝い始める。震災で一時は避難のために南相馬を離れたが、また戻ってきて再開。その後ほどなくして本格的に両親から農園を継ぐことになったという。農業に関わり始めて、かれこれ27年になる。
伊賀さん:「どんな名人に話を聞いても、やっぱり全部がうまくいったなんて年は 1年もないって皆さん同じこと言うわけなんですね。毎年が勉強だと。この年になって、自分でもそれなりに経験積んでくると本当に同意見だなって思いますね。」
どんなに経験を積んでも、その年の気温、日照時間、苗の状態などでまた条件は変わってくるのが農業の難しいところだ。そんな中、「今年は自分なりにうまくいったな」という年もあったという。
伊賀さん:「虫にやられたとか病気が出たっていうのもほぼなくて、味はもちろん良くて、収穫量もよかった。このときは満点に近づいたって感覚がありました。でも最後に風でビニールが剥かれちゃって・・・。」
「満点にならないようにうまくできているんですかね。」と笑う伊賀さん。農業の難しさはコントロール外のことが起きて、なかなか思い通りにならないところだ。それでも再び満点に近づくことを目指して日々勉強を続けているという。

「洗わずにそのまま食べれる」安心ないちご
伊賀さんの栽培するいちごの特徴のひとつは、減農薬で安心安全であること。
通常、いちごは作物の中でも特に多くの農薬を使うといわれている。ひるがえせば、虫の被害を受けやすく、病気になりやすい作物であるということであり、農薬を使わずに栽培するのはかなり難しい。
そんな中、伊賀さんは、肥料の組み合わせを工夫して病気を防いだり、天敵となる昆虫を入れて害虫を減らしたり、様々な方法を取り入れて、化学農薬を極限まで減らした栽培に挑戦している。
伊賀さん:「きっかけは単純な理由です。いちごって栽培していると、やっぱりその日の味が気になるんです。味を確かめるときに、ハウスの中で作業をしながら、採ってそのまま洗わずにパクッと食べたいっていう、ただそれだけでした。」
そんないちごを作ろうと、長年コツコツと研究をしていたという伊賀さん。かつては、その記録を栽培日誌のような形でSNSにアップしていたそうだ。
伊賀さん:「当時は毎日何かしら投稿していたんです。もちろん企業秘密は載せてないですけども(笑)。そしたらそれが結構おもしろいと評判が良くて。あるとき、こんなに色々やっているなら、それを売りにしたらいいんじゃないかと言われたんです。で_、今は減農薬で安全ないちごですってことがうちの特徴の一つになっています。」
付加価値をつけるためではなく、ただ「洗わずにそのまま食べたい」という思いで始めた減農薬栽培への挑戦。人から言われるまで売りにしていなかったというところに、伊賀さんの真っ直ぐさが現れている。
オリジナル肥料と環境制御栽培
おいしさの秘密は肥料にもあるという。使用している肥料は、20種類以上を組み合わせたオリジナル肥料だ。甘みを強くするものや、草の勢いがよくなるもの、病気に強くなるものや、味がよくなるものなど様々な効果のある肥料を、試行錯誤を重ねて編み出した独自の配合でブレンドしているという。
伊賀さん:「最初のうちは色々調べながらやってたんですけど、だんだん慣れてくると頭の中で大体イメージができるようになってきて。あ、この肥料だったら、今のやつには入ってないから、こう入れてもあの効果がダブったりしないかなって。で、試しに2、3回使ってみて効果があったと思ったら、そのまま続けて使うとか。ないと思ったら、それはせっかく買ったけどもなしっていう感じで。」

また、環境制御栽培というシステムも導入している。甘くて大きないちごを育てるために、温度、湿度、CO2濃度などを常に測定し、光合成に最適な状態に管理する。機械任せでできるのではなく、毎日の気温や日射量によってシステムの調整が欠かせないという。伊賀さんのノートには毎日の細かなデータが几帳面に記録されていた。
伊賀さん:「何を優先させて、どういう風に動かすかっていうのも全部プログラムで変わるんですよね。暑い時と寒い時でこんな風に変えようとか、細かい調整をコンピューターとにらめっこしながらやっています。」
もともとこういった実験や研究が好きだったのかを伺うと、「多分好きだったんでしょうね。」と伊賀さん。

伊賀さん:「やってみたら面白かったっていう感じではありますけど、やっぱり効果が出ると面白いなと思って。当然やるからには、より良くしたいという気持ちがあって。盲目的にですけど、一番を目指したい!みたいな。他の農家さんも、うちのが一番だって言っている方が多いと思うんですけど、それを理屈づけでやりたかったんです。こういう風にしていて、こうだから、こういう理由で美味しくなるから、うちのは一番うまいんだって。」
「ふくはる香」と「ゆうやけベリー」
伊賀さんが、今栽培しているのは「ふくはる香」と「ゆうやけベリー」の2種類だ。どちらも福島県が開発したオリジナル品種である。
それぞれ味見させていただく。ヘタの近くまで真っ赤に染まり、見るからに甘そうな風貌。一口齧ると、みずみずしい果汁が口いっぱいに広がり、乾いていた喉が潤される。ふくはる香は甘みと酸味のバランスが良く、ジューシーで、いちごらしいいちごの味。ゆうやけベリーは、酸味が控えめでまあるい可憐な甘さを感じるいちごだった。どちらもおいしくて甲乙つけがたい。

伊賀さん:「ふくはる香は、もともとずっと作りたかった品種でした。ただ病気にすごく弱いんです。暖房などの設備が整ってなかった当時は作りたくても作れなかった。震災後に戻ってきて経営を任されるようになって、ハウスを建て直してから、本格的に栽培をはじめました。それでもちょっとした温度変化で病気が出たりとずっと悩まされていました。環境制御栽培を取り入れて細かな管理ができるようになってからは安定してきましたけど、それでも手間はかかる。厄介な品種と言えば厄介なのですが、それでも作りたいぐらい美味しいってことなんですよね。いまだにうちの主力品種で、お客さんでもこれが一番好きっていう方は多いです。」
伊賀さん:「ゆうやけベリーは2022年にできた新しい品種で。うちでもまだ3回目の栽培です。新しい品種ゆえに苦労はありますが、クセのある面白い品種ですね。低温で快晴だと甘みが強くなるんです。味の割合で言うと甘みが100くらいに。でもこれが、少しでも暑くなったり曇ったりすると酸味の割合が増えてくるんです。」
伊賀さんがいちごについて話すときの、まるで我が子を紹介するかのような語り口。本当に大切に育てているのだなと愛情を感じた。
ふと、農業には教科書がありそうでないのかもしれないと思う。それぞれの農家さんの生身の感覚や経験から、その土地・人・作物にもっとも適した方法を選び取り、組み合わせ、それを日々調整していく。その結果、唯一無二のおいしさが立ち現れているということなのかもしれない。伊賀さんの、毎日、毎年が実験であり、その積み重ねた経験によってできた結晶が、このいちごの美味しさなのだ。
今後のことについて伺うと、さらに害虫を減らせないかとまた新しいことの導入を考えていると言う。こんなことも試してみたいんだと話す伊賀さんは、どこか楽しそうだ。“おいしいものを作って届けたい”ということはもちろんだが、そのおいしいものを生み出す過程こそを面白がること。それが、伊賀さんが、毎年“おいしい”を更新しつづける秘訣なのかもしれないと思った。
(インタビュー・文・写真:岡田菜緒)

